世界陸上大阪2007:男子マラソン 尾方の悔いたもの

酷暑の大阪で、7時スタートとなった男子マラソン。

大阪でのマラソンと言えば冬の大阪国際女子だが、完全にイメージが異なる。高温多湿、特に30℃を超える暑さの中、勝負のポイントは、レースコントロールよりも、ゴールまでの走力のマネジメント、要は自分との戦いに勝って、落ちてくる選手をいかに拾っていけるか。大阪城内のような走路も、欧州マラソンを走り慣れている世界レベルの強豪の前では、大きな問題とはならないだろう。日本選手で期待していたのは、展開が向きそうな諏訪と、絶好調が伝えられた尾方だ。世界陸上マラソン三連覇を狙うガリブ(夏マラソンの連覇で充分偉業だが)は、故障で棄権。ということで、優勝候補は、去年のアジア大会で優勝したカタールのシャミと予想。

レースは当然のようにスローで始まる。暑いことから、有力選手も回避しているが、失礼ながら泡沫候補ならぬ泡沫選手も参加を見送っていることだろう。5km16分40秒ではさすがに誰も遅れない。大集団を形成しながらレースは進行。出入りはほとんどなく、給水の前後でペースを上げて取りに行くか、集団を避けて下がって取りにいくかで、集団が伸びる程度。誰かが前に立つたびに解説の瀬古さんが「大阪の暑さをなめてますね」を連発するが、そういうことじゃないだろ。谷口さんとのクオリティの違いは否めない。

15km付近でケニア勢が前に立ってペースコントロールしはじめ、16分前半までペースを上げる。独特の細かいペースの変化に振られて、先頭集団は人数を減らしていく。日本勢はペースアップにはつかず、いったん離れてイーブンペースで集団に追いつくが、その後も下がり気味の位置を保つ。ゴール後、尾方が言うには「あそこで脚を消耗した」ということだが、尾方だけでなくどの位置にいても、集団にアクセントを加える以上は消耗はしただろう。この辺からレースは有機的に動き出す。

20km通過、ハーフ通過の御堂筋は、朝のマラソンと言うことでビルが日光を遮り、体感温度はやや下がっている様子。走りやすそうなここでは動きがなく、集団に残っている選手はこのあとの消耗戦をイメージしている模様。

25kmを過ぎて、前へ行く集団は6人に。ケニア勢キプラガトとキベトの二人、カタールのシャミ、エリトリアのアスメロン、タンザニアラマダニ、スイスのルースリン。

尾方と大崎を含む後ろの集団は5人。諏訪はもう何人か後ろ。

30km過ぎには、ケニア勢とシャミの三人がトップに残り、あとはズルズルと脱落していく。

第二集団から尾方と大崎がペースを上げて、前を追い始める。この時点では、ケニアはキベトが転倒もあって、落ちてくるのかなあ、シャミが勝ちそうだなあ、という予想。残りの距離を考えると、このペースアップで日本人のどちらかが競技場までに何とか3位に届くか、いや微妙、という感触。

しかしレースは、その後動きを増していく。先頭に立ったのはキベトの方。キプラガトがものすごい勢いでペースダウン。また、前でがんばっていたラマダニにいたっては、逆送かという勢いでペースダウン。

35kmまでにキベトはもう独走。シャミは離れたが、残りの距離を見て安全圏なペースか。4,5番手のアスメロン、ルースリンを日本人二人が追走、という状況だったが、諏訪が例によって、じっくりと追い上げてきて8位に。

38kmで、4番手から7番手の集団が一段になりかけたところで、尾方がスパート。大崎はつけず、アスメロンだけが尾方の後ろを追走。ルースリンは後退。

長居公園に入りペースダウンしたキプラガトがみるみる近づいてくる。尾方は一気に抜き去って一瞬3位となったが・・・。尾方のスパートを冷静に後ろから見ていたのは、ルースリンの方だった。キプラガトより相対的に早かったが、尾方のスパートは持続していなかった。おそらくアスメロンもそれに気づいていて、尾方を狙っていたのだろうが、尾方のスパートに反応した分だけ、ルースリンよりも脚が残っていなかった。5000や10000のタイムを見ても、尾方より飛び抜けたスプリントがあるわけではないが、この時点でもっとも力を残していたのがルースリンで、尾方もアスメロンも呆然と背中を見送るしかなかった。

ルースリンはシャミにも迫るが、シャミは先刻より後ろのことしか気にしておらず、追ってくる選手から逃げる余力を残していた。独走のキベト、逃げ切ったシャミ、そして賢明だったルースリンの三人がフィニッシュ。

尾方のペースは上がらず、競技場でアスメロンにもかわされてしまい、5位でゴール。

最後にレース(の一部)をダイナミックに動かしてくれた尾方には、まず拍手を送りたい。一方で第二集団として後ろに残った選択の部分で悔いが残る。落ちてくる選手をとらえるという戦略は分かるが、メダルを狙っていたのならそれが可能な範囲でないとまずい。現に、落ちてくる選手を抜いてメダルに届いたのは、先頭集団に残ったルースリンだ。彼と尾方とでは、その戦略の決断が5km違った。それが追う選手の消耗につながってしまった。

マラソン競技、とくに夏のそれは、展開の「あや」をいかに自分のものとするかという戦略と状況判断が、最終的な結果につながるし、見る側にとっては楽しみとなる。その醍醐味を感じ取れたし、だからこそ(走力の差ではないので)、非常に残念だった。尾方選手がレースのどの部分を悔いたのか、具体的にはまだ知る由もない。ペース配分なのかもしれないし、長居周回道路での事かもしれないし、競技場内でのことかもしれない。ただ、レースの中での判断の甘さを悔いたことは間違いないだろう。

ゴール後、サングラスを投げつけて怒りをあらわにした尾方選手に対して、ねぎらいの言葉をかけた公式インタビュアと、「世界を制した感想(ワールドカップのことだろう)は?」と、傷口をえぐった民放の女性社員とでは、人間性というか感性の差が出た。あの無神経さは何だ。

大崎選手、諏訪選手は、やはり酷暑の中、また地元代表の重圧の中、よく責任感を持って完走してくれたと思うが、残念ながらチャンピオンシップのレースに参加したとは言えない。その他大勢となってしまった。ルースリンが上がってきたときに、ともに上がってくる大崎選手を探してしまったが・・・

とはいえ、(真逆のことを言うかもしれないが)結果至上のスポーツマスコミから、男子マラソンがなぜこれほど厳しい視線を向けられるのかいつもながらわからない。

結果だけみて、尾方より上の成績を収める選手が今大会で何人出るとお思いか。男子マラソンは今大会の成果としては、合格点だと思う。ましてチームとしては、短距離は論外として、跳躍、投擲と比べて、長距離が非難される筋合いはきっとなかろう。(まあ女子と比べてるんだろうが)

ミーハーな視点からは、大拍手を送りたいし、コアな視点から(たいしたことはないが)は、残念、といいたい。